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2012年6月11日月曜日

エンリケ航海王子


金七紀男『エンリケ航海王子―大航海時代の先駆者とその時代 (刀水歴史全書)』、2004

実に興味深い歴史書籍である。正直、エンリケ航海王子という存在について、どのぐらい知名度があるのかわからないが、著者によれば、エンリケ航海王子はわが国でも広く知られた存在だという。だが一方で、その王子像は相当に美化されてきたようだ。そこで、著者は現実に即した王子像を描きなおそうとする。

大航海時代の幕開けに際して、エンリケ航海王子が果たした役割は大きい。この点については、本書でも繰り返し指摘される。だが、彼のその試みや、そうした活動を支えた経済基盤を当時のヨーロッパ情勢やポルトガル情勢に重ね合わせた時、王子の本当の姿が見えてくる。セウタ攻略後の維持にこだわり、弟を失い、やがて兄も失うことになる。見通しの立たない外界への進出は、やがて奴隷と金という商業契機につながっていく。そこには、等身大の人間像がある。

表紙の写真も、あるいはエンリケその人ではない可能性がでてきているという。そういえば、日本でも、昔の人々の写真や絵が改訂されることが増えてきているように思う。歴史は変わっていくものだ、といいたくなる。

華々しい大航海時代。それはロマンであったに違いないが、一方で古き良き時代というわけでもない。それから、アフリカ進出の経緯も面白かったが、同時に、当時のヨーロッパ情勢も面白かった。レコンキスタや百年戦争を背景にしながら、国家はもとより兄弟で権力を争い、その一方ですぐに手のひらを返し、仲直りし(表面的にはというべきかもしれない)、再び裏切ってまた争う。変わった時代のようにみえる。こちらも、到底古き良き時代とはいえそうにない。