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2018年7月31日火曜日

新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」



新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」東洋経済新報社、2018。

 著者は数学者で、数理論理学が専門。2011年から、人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」の、ディレクターを務めている。大学入試センター試験の高得点を目指して試験問題を研究すると共に、ロボットに多くの情報を与えて、ロボットの知能を育ててきた。その結果を基に更に研究を進め、実に興味深い話題を二つ、この本では紹介している。一つは、AI(人工知能)は、自ら自身を向上させる地点まで達するか、という話。もう一つは、日本の多くの中・高校生は、教科書が読めないという話である。
 前者の話題は、いわゆるシンギュラリティのことだ。結論は、シンギュラリティはないし、東大ロボは東大に合格できないという。それは、AIが、問題文の意味を理解することなく、あくまで計算、確率、統計の数学的方法だけで、情報処理を行うからだ。後者の話題は、その事と関連する。人間は、AIと違って意味を理解出来るのだから、問題文の理解が出来るのか、ということ。センター試験の結果では、ロボットの偏差値は既に50台の後半になっている。ということは、受験生の中では、真ん中以上に位置しているのだ。そこで著者たちは、ロボットに教え込むためのノウハウを基に、読解力を測定するためのテストを作成した。そして、25000人もの小6から高校までの生徒達に、読解力テストを実施したのである。その結果は、一般的にはかなり驚きのものだったろう。
 テストの結果や、関連したアンケートから分かったこととして、以下のことが列挙されている。なお著者達は、答案をすべて自分たちで採点し、その上で分析を行っている。

 ・中学校を卒業する段階で、約3割が、内容理解を伴わない表層的な読解もできない。 ・学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない。
・進学率100%の進学校でも、内容理解を要する読解問題の正答率は50%強程度である。 ・読解能力値と進学できる高校の偏差値との相関は極めて高い。
・読解能力値は中学校の間は平均的には向上する。
・読解能力値は高校では向上していない。
・読解能力値と家庭の経済状況には負の相関がある。
・通塾の有無と読解能力値は無関係
・読書の好き嫌い、科目の得意不得意、1日のスマートフォンの利用時間や学習時間などの自己申告結果と基礎的読解力には相関はない。  
 
 こうした結果は、現場の教員達にとっては、やはりねと思わせるものかもしれない。しかし、教科書が読めているかを調べるための読解力調査というのは、これまでなかった。読解力が、そもそもどんなものか、具体的には把握されていなかったからだろう。著者達のグループは、読解力を具体的に7つの項目に分けて捉えている。先のテストは、それらの項目について、作成された。

①係り受けの解析 主語と述語、修飾語と被修飾語の関係の理解
②照応の解決 指示代名詞が何を指すかの理解
③同義文判定 二つの違った文章を読み比べて、意味が同じであるかどうかを判定
④推論 文の構造を理解した上で、生活体験、常識、様々な知識を動員して文章の意味を理解する力
⑤イメージ同定 文章と図形やグラフを比べて、内容が一致しているかを認識する力
⑥ 具体的同定(辞書) 定義を読んで、それと合致する具体例を認識する力
⑦ 具体的同定(数学) 

 数学の定義に従って、4つの選択肢からあてはまるものを選ぶ。 読解力という、かなり抽象的な力を、このような具体的な項目に分けて捉えている点が、実に興味深い。①から⑦のうち、④、⑤、⑥、⑦は、意味を理解しないAIは、まったく歯が立たないらしい。  
 では、どうしたら読解力は育つのか。それについては、この本には書かれていないし、多分簡単なハウツーなどないだろう。しかし、重要な示唆は書かれている。それは、読解力テストを行った埼玉県戸田市の小・中学校は、1年後に県が行った「学力学習状況調査」の結果、県内の中位から一挙に総合一位になったそうだ。因果関係は分からないが、「教員が、きちんと教科書が読めるためにはどうしたらよいかを研究し実践したからではないか」と著者は推測している。  
 何より読解力が大切だ、その具体的な項目はこんなことだと想定するだけで、多分教員の授業の仕方も変わってくる。この本には、著者達が実施した読解力テストの問題も、いくつか紹介されている。果たして自分が、どれだけ読解力を持っているか、試してみるのもいいと思う。テストを実施した学校では、生徒と共に教員達もテストを受けて、自身の読解力を試しているそうだ。