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2021年4月19日月曜日

安冨歩「満洲暴走 隠された構造」2015、角川新書。


安冨歩「満洲暴走 隠された構造」2015、角川新書。

この本には、いくつもの大きな特色がある。まとめると、以下のようだ。 

1 著者は、あとがきの中で、この本の執筆意図について書いている。自身が四半世紀かけて作り出した構想を、現時点で厳密に描き出すためには準備不足であり、更に四半世紀はかかりそうだ。しかし更に四半世紀が経てば、その時点で心配の対象である日本が、どうなっているかも分からない。なので、現時点での構想をラフスケッチすることにしたと。今の時点では、未だ不十分だがともあれ書いて、読者からの批判を得たいと言うのだ。  この本の出版後、著者の本が次々と精力的に書かれていることを踏まえると、ラフスケッチのお陰で、研究が更に展開しているのかもしれない。 

2 ものの考え方として、線形思考ではなく、フィードバックを前提とした非線形思考を意図的に用いている。このことは、まえがきに書かれている。社会的な事柄は、すべて相互に関連して影響し合い、更にすべてが動き続けているので、直線的な因果関係ではとても説明出来ない。ここで、フィードバックの考えが示される。「暴走」という現象は、フィードバックにより生じる、出来事間のループと関係がある。その例として、マルサスの幾何級数的な人口爆発や、最近のスマホと携帯とのあっという間の交代が挙げられている。ループが廻り始めると、極めて短期間に世界が変わるのだ。タイトルにある「隠された構造」とは、こうした出来事間に新たに見出された、ループの構造を指す。 

3 満洲や満洲国という、現時点では余り話題にはなりにくいテーマを、研究対象としている。日本は、日露戦争後に、満洲と深い関わりを持った。南満州鉄道、張作霖爆殺事件、満洲事変、満洲国の成立、満洲産業開発5カ年計画、満蒙開拓団、そして1945年の敗戦。この間の経済的、政治的、社会的な出来事が、データや資料を用いた研究により辿られている。著者は、満洲研究を、大学院生の頃から続けてこられたようだ。満洲が、どのように大豆の世界的な輸出地となったか。日本陸軍は、なぜ満洲事変を起こして満洲国を作ったのか。なぜ、更に華北に侵入して泥沼の日中戦争にと暴走をしたのか。ソ連の満洲侵入後の満蒙開拓団の人たちの悲劇は、どのように起きたのか。この辺りは、長い満洲研究を踏まえて、極めて説得力のある議論が提示されていると思う。まさに、様々な出来事がループとなって、暴走は止められなくなる。 

 そして終章では、「私たちは今、満洲国に住んでいる」として、満洲国と現在の日本の、共通点が挙げられている。満洲国の研究が、現代日本の現状への、警鐘と繋がっていくのだ。 

 以上この本の特色を三つに纏めてみたが、私には著者が人物を大きく取り上げていることが、とても印象に残った。上の2の、フィードバックに基づくループの中に、一つの要素としてキーパーソンを取り上げているのだろう。石原莞爾という人物が、満洲事変の勃発やその後の展開に大きく関わったことは、よく知られている。著者は、石原の総力戦についての理解が、連鎖する出来事の中で大きな役割を果たしたとする。石原は、日本には総力戦は無理だからまずは満洲を支配して国力を強め、アメリカとの最終戦争に備えようと主張した。そして、満洲事変における彼の成功が、軍部の暴走への道を切り開く。石原はその後、軍部の暴走を止めようとしたが、はじき飛ばされて退役させられた。キーパーソンとしては、高崎達之助に関する説明も、力が入っている。高崎は、1945年8月のソ連軍侵入後の満洲に残って、以後日本人会会長として、日本人の帰還交渉に奔走した。彼の活躍が、10万人から20万人の日本人の命を救った、と著者は書いている。後に中国の周恩来が、高崎の満洲での活躍をよく知っていると言い、高崎が亡くなったときには「このような人物は二度と現れまい」と嘆いたそうだ。

 社会的な事象の説明に、非線形的な考えを用いるとして、そこにリーダーたる個人を位置付けることは重要だと思う。仮にそのリーダーに、表面上は見えないループの様相が見えていたら、もしかすると暴走を止めることも可能かもしれないだろう。著者が、未だ不十分なラフスケッチだとしても、ここで一旦考えを提示したいとした訳が、分かるような気がする。ラフスケッチそのものが、一つの要素となってフィードバックを引き起こす。それが人物も含めた他の要素とどう関わり、事態をどう展開させるのかは、今後も気になるところだ。