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2024年3月19日火曜日

松里公孝「ウクライナ動乱―ソ連解体から露ウ戦争まで」2023ちくま新書


 ロシアとウクライナの戦争が始まって、もう2年が過ぎた。テレビや新聞の議論は、民主主義国のウクライナを専制国家のロシアが侵略したので同じ価値観のアメリカ、日本、NATOはウクライナに味方して援助する、という構図が前提となっている。ロシアが勝ったら、国際社会は、無法状態になりかねないとも言われている。 

 しかし、本当にそうだろうか。実は、私には上の議論が、50年前の記憶と重なる。50年前、アメリカは南ベトナムを手助けして、北ベトナムを攻撃していた。資本主義国のアメリカが南ベトナムを助け、共産主義の北ベトナムと戦っていた。南ベトナムが敗けたら、共産主義が次々に広まってしまう、と言われた。この考えは、ドミノ理論と呼ばれた。しかし、本当にそうだったか。ベトナムでは、実に多くの人が殺されたが、なぜアメリカがベトナムで戦かわねばならなかったのかは、今となってはよく分からない。

  さて露ウ戦争が、ベトナム戦争と性格が異なるのは明らかだ。としても、敵味方に分かれて、絶対に敗けられないと息巻くのは、今も昔も同じだ。この本は、多くのことを教えてくれている。それは、敵味方の認識構図とは無縁な、より堅固な視座を持っているからだ。著者の研究方法の特色は、「さまざまな登場人物の見解を聞き、紹介するということ」であるという。著者はロシア語やウクライナ語が堪能であり、特に専門のウクライナについては露ウ戦争前、現地の政治家など関係者に毎年インタビューを積み重ねてきた。問題のマイダン革命の影響についても、著者は、次のように書いている。

「私は『構造がアクターの行動を規定する』という演繹的なアプローチでは、エスカレーションの政治はうまく説明できず、むしろそれは出来事の連鎖として素直に説明したほうが良いと思う」。ソ連崩壊後の各共和国の帰趨、特にウクライナのマイダン革命後の政治混乱、更に露ウ戦争への道は、まさにエスカレーションの経過として、この本からよく理解できるように思う。多くの情報を踏まえて、貴重な洞察が示されるが、私には以下の点が印象に残った。

 ①ソ連解体の理由の一つは、最大共和国であったロシアが、解体を事実上促進したことだ。資源を独占して西側に直接輸出した方が、ロシアは儲かると・・。しかし、資本主義への復帰が豊かな経済をもたらすという期待は、結局見当はずれだった。他の旧ソ連国も同じだ。

 ②2008年以降の旧ソ連圏における戦争や紛争(カラバフ、南オセチアなど)は、すべてソ連末期の分離紛争の再燃という性格を帯びている。また、2014年以降のウクライナ危機の源泉は、クリミアとドンバスの分離紛争である。ただし、両地間の分離主義は一様ではない。

 ③分離紛争には、三種類の国家が関わる。まず分離政体(例えばドンバスの2共和国)。次に分離政体が以前所属していた国家=親国家(例えばウクライナ)。最後に外から分離政体を応援しているパトロン国家(例えばロシア)。解決法は、親国家の連邦化、親国家の再征服、パトロン国家による親国家の破壊、その他、領土分割やパトロン国家の分離政体の承認がある。ウクライナ動乱でも、まさにそれらが現在も試みられている。

 ④著者によれば、そもそも分離紛争は、国連信託統治のような非主権国家的な解決法が大規模に採用されるようにならない限り、解決が難しい。分離紛争を「解決」して、恒久的な平和を目指そうなどとすると、かえって戦争を誘発する。

  ③や④から、改めて国家とは何かと考えさせられる。本来、人々は、だれも平和で豊かな生活を望む。国家観念を前提せずに、殺し合いに至らぬ道を工夫する知恵が、何より必要だ。