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2012年12月5日水曜日

経済大国インドネシア

経済大国インドネシア - 21世紀の成長条件 (中公新書)
佐藤百合『経済大国インドネシア - 21世紀の成長条件 (中公新書)』、2011

 個人的な思い出だが、2005年8月に、インドネシアを訪れた。特にバリ島は美しい島で、踊りや彫刻、ヒンズー教寺院など見るべきものが多く、いい旅が出来たと思う。ところが、その直後10月にバリ島でイスラム教徒によるテロ事件が発生、美味しい食事を楽しんだジンバランビーチでも自爆テロがあり、日本人も被害者となった。それ以来、私は、インドネシアは治安に問題があるという印象を抱いてきた。

 今回、この本を読んで、そのイメージはかなり変わった。政治を中心に、ここ数年の変化はきわめて大きいらしい。又、本来のインドネシアが、とても可能性にあふれた国であることも、改めて知った。こうなると、もう一度是非、訪問したいものだ、という感想を今は抱いている。

 さて、政治については、1997年のアジア通貨危機が大きな転機だったようだ。通貨危機の翌年、30年以上に渡り独裁政治を行ってきたスハルトが退陣。「この瞬間、インドネシアはハードランディングした。堰を切った本流のごとく、スハルト体制とは対極の方向に向かって全速力で走り出した」と、この本には書かれている。スハルト体制とは、「開発」という大義名分のもとに国民の自由を制限する権威主義体制だった。新体制では、一転して、自由化と民主化の方向にと改革が進められた。

 しかし、改革は次々と新たな混乱を生み出す。結局、その後の6年半をかけて、政治上の試行錯誤が繰り返されたようだ。その間、憲法改正が4年半で4回も行われ、大統領も3人入れ替わった。インドネシアの混乱が、一つの制度的均衡点に到達したのは、2004年であったという。初めての大統領直接選挙が平和裡に実施され、現在のユドヨノ大統領が選出された。現時点では、ユドヨノは再選されて安定した二期目の政権となっている。この経緯を踏まえつつ、「堅固な権威主義体制から安定した民主義体制への大転換を、6年半で成し遂げたインドネシアは、今後長く世界で参照される例になることだろう」と著者は高く評価している。実際、ユドヨノ大統領の下で、独立を目指す紛争が絶えなかったアチェ問題を平和裡に解決したし、イスラム過激派のテロも抑止の手立てが進んでいるようだ。三権分立が確立し、地方自治制度も整備され、汚職の摘発なども進んでいるそうだ。

 そもそも、インドネシアは実に興味深い国である。人口2億3千万人を越える世界第4位の人口大国。そのうちの2億1千万人がイスラム教徒であり、世界最大のイスラム教徒の国でもある。ただし、建国の時点からイスラム教は国教ではない。そして、国家標語がサンスクリット語で「多様性の中の統一」を意味する語が掲げられているらしい。歴史的にも、中国とインドの間にあって双方の影響を受け、まさに交通の要衝に位置していたのだ。国章が、ヒンドウー教のヴィシュヌ神を乗せて飛ぶ、神の鳥ガルーダであるというのも面白い。

 この本ではその他に、インドネシアの恵まれた資源や政治・経済指導者の成長、今後20年にわたる人口ボーナスなど、多くの発展の要因を並べている。なるほど、政治的安定を背景に、今後めざましく経済発展する可能性があるとする結論は、多いに説得力がある。一方で、民主主義や産業化など近代化が遙か前に進んだ日本は、今後、どのような発展可能性があるのか、改めて考えてしまった。

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