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2012年5月10日木曜日

ダイナミック競争戦略論・入門


河合忠彦『ダイナミック競争戦略論・入門 --ポーター理論の7つの謎を解いて学ぶ』有斐閣、2012

競争戦略論の入門とあるが、実際的には、ポーター批判を通じて新しい戦略モデルを提示しようとしており、要求される知識水準は高いように思われる。あくまでダイナミック競争戦略論の入門書である。

ポーターの競争戦略論は今や戦略論の基盤として認識されるようになっているが、同時に、以降の戦略論はポーター批判を通じて形成されてきた。こうした批判点を大きく7つにまとめ、その批判に答える形で議論が進められる。この構成はとてもわかりやすい。ただ、与えられた答えが納得できるかどうかについては、もっと議論できるように思われる。これは、「なぜ」と問うたときの解に対しては、多くの場合さらに「なぜ」と問えてしまうという程度のマーケティング問題でもある。

興味深いのは、一つにはポーター批判のバリエーションとして、プロダクトライフサイクルを用いたマーケティングの議論が援用されているという点であろうか。タイトルにある通り、ダイナミックであることを強調することによって、PLCに評価が与えられる。もう一つは、ブルーオーシャン戦略に対して、パープルオーシャン戦略を提示しているという点も興味深い。これもまた、ブルーオーシャンがダイナミックであるために必要である戦略として理解される。

競争戦略論の発展は、他にもいくつかの展開を見ることができる。ただ総じて、ダイナミックであろうとする議論は多いといえる。このとき、ダイナミックとは何であるのかという点については、別途考える必要がある。

ダイナミックであることを、時間の経過と、その経過による変化への対応として考えるのならば,結局スタティックな戦略論が構築されることになるだろう。RBVが結局のところPVの一バリエーションに過ぎないとされてしまうのは、ダイナミックであることの理解に甘さがあったからである。ケイパビリティへの着目の意義は、むしろダイナミックであることの意味を適応から開放し、創造へと反転させたことにある。

本書の議論を通じて、戦略論の可能性を改めて再確認し、ダイナミックであろうとする戦略指針の可能性を問い直すことができる。

追記(2012.06.07)
改めて考えてみると、ポーター流の競争戦略論の要諦は、その出発点にあるという気がする。すなわち、産業組織論をもとにして、完全競争の逸脱として戦略を捉えるという逆転の発想である。もし、ポーター流の競争戦略論を相対化しようとするのならば、この最初のポイントを相対化しなくてはならない。たくさんある謎は、おおよそこの最初のポイントではなく、このポイントからずいぶん先に派生した枝であるようにみえる。

最初のポイントは、要するに競争概念である。完全競争の逸脱=差別化(市場の個別化)こそが戦略であると考える限り、結局次の「競争」に巻き込まれるしかない現実の企業活動を捉えることは出来ない。ここでは、完全競争とは別の用語として、「競争」が定義されねばならないであろうし、当然、そこでは別の用語として「戦略」も定義されなおすことになるだろう。競争戦略論とは別に、「競争」「戦略」論が求められることになる。

そう考えると、パープル・オーシャン戦略というアイデアは面白い。このアイデアを、ブルーとレッドの間として捉えるのならば、ポーターの手のうちにある。だが、一軸で分類するのではなく、二軸で分類し、ブルーやレッドとは根本的に異なる状態としてパープルという競争状態を定式化すると考えれば、それは先の最初のポイントに触れることになる。そこで見出されるパープルな競争状態は、もはや完全競争でもなければ、その逸脱という戦略でもないだろう。