ラベル

2015年1月12日月曜日

音楽編 きっかけ

 僕は基本的に音楽に興味がなかったから、中学校時代にあったらしいバンドブームとは無縁だった。僕がこういう音楽を聴くようになったのは、多分高校生に入ってから、周りのみんながそんな話をするようになり、それからカラオケにみんなで行くようになってからだと思う。人前で歌うのもどうかと思っていたが、まあそれはそれで盛り上がって楽しい。歌を知らないことには何も歌えないし、間違って大きなのっぽの古時計でも入れられた日にはこいつは何だと思われてしまうから、いろいろとCDを借りて聞くようになったのだった。

 実際、そういえば、どこでだったか大きなのっぽの古時計騒動を聞いた。いつだったか平井堅二が大きなのっぽの古時計をリメイクして歌った時期があったが、そのころカラオケに行った友人がいうには、コンパかなにかで知り合った女の子がその大きなのっぽの古時計を選曲したのだという。みんなてっきり平井堅二の曲だろうと思っていたのだが、始まった曲はいわゆる昔のそれだったらしい。で、間違ったというのならばまだ話は面白いが、その方は大真面目でその曲を歌ったのだという。みんな手を叩いて伴奏しながらも、ちょっと凍ってたよということだった。

 まあそれはいい。そんなこんなで高校生の頃に音楽を聴き始めたということになるが、友人が好きで薦めてくれたのが、例のユニコーンのベストアルバム、ベリーラスト(ゴミ)オブユニコーンだった。その友人から貸してもらったかもしれない。

 これが新鮮で、というか多分新鮮かどうかもよくわかっていなかったわけだが、先ずはこれから覚えようと思った。may be blueとかかっこいい歌だなあと思ったわけだが、一方で変な曲も入っていて面白かった。
 
 変な曲の一つが「服部」だった。よく知られた曲ではあると思うけれど、30代の服部を歌った曲だ。20歳程度の若造なんか全然相手じゃないぜという話で、世界を独り占めだとされる。シングル盤のジャケットも印象的で、およそ若手のバンドらしからぬおっさんの顔写真がアップでのっている。後に、このおっさんのオマージュ?が氣志團でも用いられていて、「服部」はずいぶんインパクトがあったのだなぁと思った。

 ユニコーンや奥田民生はどことなくおっさんじみたところがあり、最初はビジュアル系バンドだったのかもしれないけれど、僕が知ったときにはなんというかコミックバンドという感じもした。ビートルズをベースにしているとその曲風は、多分僕がその後ビートルズを聴いてみる気になった理由にもなっていると思う。

 同時期にBOOWY等を知ったわけだが、ずいぶんと対照的なバンドだったと思う。個人的に親近感を感じたのはユニコーンや奥田民生だったわけだ。ようするに、そのころからおっさんじみていたということなのかもしれない。30代の服部の気持ちはわからなかったし、そもそも高校生だから20歳の気持ちもわからない。けれども、少なくとも高校生の気持ちもそんなになかったのだろう。BOOWYも好きだったけれど。