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2012年5月26日土曜日

寝ながら学べる構造主義


内田樹『寝ながら学べる構造主義』文春新書、2002

この本は、内田樹が市民講座で行った講義のノートが基になっている。講義は、構造主義の一覧的な情報を、予備知識もほとんどない平均年齢60歳の方々に、90分で伝えるというもの。だから分かりやすさが、まず目指されている。しかし、「分かりやすい」と「簡単」とは異なる、と内田は言う。彼は、話を複雑にすることで、話を早く進めるという戦術を採っているらしい。まえがきには、「私が目指しているのは、複雑な話の複雑さを温存しつつ、かつ見晴らしのよい思想的展望を示す、ということです。」と書いている。

彼は、この本の中で、構造主義をひとことで言えば次のような考えだとしている。「私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。」「私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に『見せられ』『感じさせられ』『考えさせられ』ている。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない」。こうした理解の下に、人間の自由とか自律性がかなり限定的だという点を徹底的に掘り下げたことが、構造主義という方法の功績だと言う。

構造主義をそのように解すると、そこからは、かなりすっきりした思想の脈絡が開ける。構造主義前史として、マルクス、フロイト、そしてニーチェの思想が説明される。構造主義との関わりで見ると、この3人の思想はそれぞれ実に明快であり、思想史としても、又3人の思想のエッセンスの勉強としても役立つ。次に、構造主義の始祖として、言語学者のソシュールの思想が取り上げられる。ソシュールの独特の言語観は、内田の説明でかなりすっきりと理解出来る。その後、いよいよ構造主義の四人の思想家、フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンの理論が、それぞれ説明されている。いずれも難解な思想には違いないが、それぞれ具体例を挙げて、イメージが膨らむように丁寧に説明されていて分かりやすい。

内田は、まえがきで、入門書の最良の知的サービスは、根源的な問いを示して読者を知的探求に誘うこと、と書いている。実はこの本では、明快な説明の一方に、構造主義者が直面した問題が、直接読者に差し向けられている。内田は、既に第一章で、構造主義の考え方が、今や多くの人々にとって既に常識となっていると指摘した。「構造主義の思考方法は、いまや、メディアを通じて、学校教育を通じて、日常の家族や友人たちとの間でかわされる何気ない会話を通じて、私たちのものの考え方や感じ方を深く律しています。」

構造主義の思想家の難解な議論がそれなりに分かってくることで、彼らが取り組んでいた問題の難しさとその現実的な深刻さが、人ごとでなくまさに自分の問題として、浮かび上がってくるのではないかと思う。