ラベル

2012年5月23日水曜日

現実界の探偵


作田啓一『現実界の探偵 ─ 文学と犯罪』白水社、2012

タイトルからは中身を想像しずらい本である。文学と犯罪を対象にして、現実界という点からの考察が行われている。「現実界」とは、ラカン派の精神分析で用いられる考え方であり、我々のこの世界(想像界とよばれる)の裂け目の向こう側、残余を示す。どうやら、現実界は我々やこの世界に対して、不気味なものと認識されたり、空虚な何かとして認識される事があるようだ。そして、現実界は、我々やこの世界に対して、様々に影響を及ぼしている。

本書を見る限り、文学は、想像界からこぼれ落ちる現実界を問題とし、現実における犯罪もまた、こうした現実界を念頭におくことでよりうまく理解が可能になる。確かに、いずれもラカン流の分析が可能であろうが、本書の中での文学と犯罪のつながりは弱い。例えば、前者で指摘される時間的な円環は、後者ではほとんど議論されない。後者で議論される近年の無差別殺人の多くは、漠然とした社会への反抗として理解されるが、そうであれば文学によらずとも、あるいは現実界によらずとも、説明できるようにもみえる。

文学はいざ知らず、近年の無差別殺人の問題をどう考えたら良いのか、どのようによりよい社会を考えていけばいいのか、その答えはまだ見えていない。たぶんそれは、社会への対抗と言った理由ではなく(そうであれば、社会を変革すればいいだけである。本書でも「官僚制」に対する批判がみられる)、本書の前半が示すように、現実界についての考察がもっと求められるのだろう。現実界は、想像界と空間的に異なっているというよりは、時間的に異なっている。それは何を意味するだろうか。更に構成上いえば、文学の役割は、ありうべき社会を構築する術として捉えられるのではないだろうか。文学は、未来を先取りした一種の予測でもあり、浄化でもあり、それゆえに我々やこの世界に組み込まれている。

ちなみに、帯は大澤真幸氏の推薦となっている。以前、なぜ人を殺してはいけないのかについての考察があったように記憶している(書籍は見つからなかった)。端的に理由を与えられないこの問いは、これからの社会を考えるきっかけを提供し続けると思う。