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2012年5月22日火曜日

時代小説の江戸・東京を歩く


常盤新平『時代小説の江戸・東京を歩く』日本経済新聞出版社、2011

東京の町は、余りに大きく何でもあるので、範囲を絞り焦点を合わさないと見えるものも見えない。テレビによく出る国会議事堂や、新宿の雑踏や、墨田川を背景にしたスカイツリーなど、目立つものだけが東京なのではない。実は東京の町に関心を持ち注意して見ていくと、各地域がそれぞれ独特の歴史と特色を持ち、様々なものや事が集積した活力ある不思議な町だと分かって来る。やはり、徳川家康から400年、ずっと日本の中心だっただけのことはあるのだ。その魅力の一端を、この本は上手に紹介している。

この本では、日本橋、人形町、神田、八丁堀・浅草橋、両国、上野、浅草・向島、深川、目黒・品川が取り上げられている。話の補助線は、藤沢周平、池波正太郎などの時代小説である。いずれも、江戸時代を舞台とする物語で、当時の人々や町の様子が生き生きと書き込まれている。そうした時代小説のファンはもちろんのこと、その予備知識が無くても、この本の知識で十分散歩案内となっている。

例えば、池波正太郎の鬼平犯科帳の主人公、鬼平こと長谷川平蔵は、火附盗賊改の役人である。与力や同心の上に立ち、極悪人の取り締まりに大活躍した実在の人物で、深川の菊川に住居があったらしい。六軒堀という地名が、話の中によく出てくるが、それは今の森下駅A2の出口北側だそうだ。今では堀は埋められて、住宅地となっている。先日、NHKの「ブラタモリ」という番組で、まさにその場所が取り上げられていた。そこには、太平洋戦争直後まで堀は残っていたのだが、その後埋め立てられた。しかし、堀に沿って作られていた手すりが、今も路地裏に一部残っていると紹介されていた。

歴史という点では、東京より京都の方が古い。しかし、東京の地はここ数百年、江戸から、明治・大正・昭和・平成へと、日本近代の歴史の激動をくぐり抜けてきた。歴史の視点を交えると、町のあちこちが様々な奥行きをもって浮かび上がってくる。この本を手に散歩すると、まさにそのことがよく分かる。