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2012年5月11日金曜日

天皇の影法師


猪瀬直樹『天皇の影法師』中公文庫、2012=1987=1983

歴史学者の阿部謹也は、日本人が日本社会を対象化する困難を指摘している。社会学者ですら、それをやっていないと。猪瀬直樹はこの本の中で、日本社会を対象化するという困難に、果敢にチャレンジしている。その際、彼は天皇に焦点を合わせている。

この本の内容は、4編の調査報告からなっている。まず大正天皇崩御直後の元号スクープ合戦と誤り、次に天皇の棺をかつぐ八瀬童子の近代以降の動向、又、森鴎外の元号研究への執着と「昭和」が採用される経過、最後が恩赦のいたずらという話である。最後の話は、1945年8月ポツダム宣言受諾直後の島根県庁焼き討ち事件とその後の顛末である。

最初に出版されたのは1983年であり、昭和から平成へと、間もなく時代が移ろうとしていた時期だ。天皇崩御や葬儀、元号や恩赦について、当時誰もが意識し考え始めていた。「禁忌の謎をとこうとした」と、彼は文庫版のあとがきに書いている。さらに「天皇は実在するが、又同時に人々の意識の底にとり憑いた幻想のひとつだ」と続けている。文庫版の解説は、歴史学者の網野善彦が書いている。網野は、この本が天皇の本質に迫ろうとしたと、高く評価している。

東京都副知事として、今や行政世界で大活躍される著者が、実は日本社会研究に果敢にチャレンジしてきた人物であることは興味深い。そしてこの本は、日本や天皇を考える時の手がかりや方法を示していて、今でも刺激的である。
(投稿代理)